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2016年11月

2016年11月29日 (火曜日)

良心にもとづく生き方

P1010092私たちは何をもって、これで良しとして生きていくのですか?こんなことをふと思い巡らしました。ヒマなので。権力、金、社会的地位などなどでしょうか?私はやはり自分の良心にもとづいて生き方を決めるのではと考えました。先にあげた権力、金などは無視できません。生きていく上で重要なものです。けれど所詮はいつか消えていく、奪われるものでは。目に見えるものはいつかなくなります。が、自分の内面にある良心はなくなることはありません。人間として生きようとする限り。

数日前、久しぶりにBSNHKTVで古代ローマ帝国を舞台にした映画「ベン・ハー」を観ました。その中で、イエス・キリストが十字架を背負っていくシーンがありました。ローマ帝国によって磔(はりつけ)にされます。その時、キリストは言葉を発します。自分を十字架にかける人々に対して、「彼らは何をしているのか分からないのです」

ほぼ毎日、酒を飲んでいますが結構まじめに人生について考えていますo(*^▽^*)o
今晩、飲んだ秋田の酒「雪の芽舎(ぼうしゃ)」(純米吟醸)は美味しかったです。いつまで、こうして飲めるのでしょうか?答えは実に簡単です。死ぬまでです。


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2016年11月28日 (月曜日)

時間・空間を超えた絆

P1010094やや風が吹き冬空の一日でした。防寒の服装で散歩をしました。カントのように思索しながらとはいきません。もっぱら頭を空っぽにして、冬の風景に溶け込んでいるといった感じです。それが心身には良いように思います。孤独なる散歩者というと格好良すぎですか。

公園の紅葉はまだ残っている所があります。今年の気候と関係あるのでしょうか?ただ落ち葉は日増しに増えています。落ち葉の上をカサカサと音を立てて歩いて行くのは風情があります。わざわざ落ち葉の上をもとめて歩きました。これからますます寒くなります。散歩には防寒対策が必要です。寂しくなった頭髪の上に帽子をかぶるようになりました。

今夜の9時からのNHKニュースで、熊本の地震と復興に関して阿蘇の近くにある東海大学(農学部キャンパス)の学生村が報告されていました。恵まれた自然環境は地震によって一変し学生たちは学生村という地区から離れることになりました。その地区のアパートに住んでいた学生たちとそのアパートの方との絆が紹介されていました。再びこの地区に戻りキャンパスで授業が再開されるのか。かつて私は当時清水市にある同大学のキャンパスで働いていた時期がありました。三保半島の折戸地区中心にやはり学生村のような光景が広がっていました。

自然災害によって人と人との間が引き裂かれてしまいますが、時間と場所をこえて絆は結びついていくのでしょう。人の思いは時空を超えて消えることがないものであるでしょう。

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2016年11月26日 (土曜日)

11月最後の週末

P1010089P1010091昨日、公園を散歩しながら写真を撮りました。青と白と紅葉の色のコラボが綺麗でした。東京の雪は、あっという間に消えます。今年の冬は雪の具合はどうなんでしょうか?

11月も最後の週末になりました。来週半ばからは師走です。時間の流れの速さを感じるところです。今の私には自由時間の連続です。仕事で多忙な方には申し訳ありませんが、リタイアした身にはゆるして頂きたいです。無為のまま過ごすわけにはいかないので、具体的な目標を立てて、それについてああでもないこうでもないと煩いながら年末を迎えることになります。結果として、いつか一つの形、成果があれば良しとしたいです。

午後に、立川ではなく八王子まで買い物に出かけました。西武線、乗り換えのJR線利用となりましたが、東京郊外ののんびりした光景はこころをほっとさせてくれました。

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2016年11月25日 (金曜日)

雪の後の朝の風景

P1010082P1010084昨夜は、十二時前に就寝しまして6時には目を覚ましました。いつも零時過ぎに寝ていますので、珍しく早起きしました。窓の外は、冷たい清澄な空気におおわれた朝の空が広がっていました。朝陽に照らされた建物、日陰の屋根には雪がまだ残っている風景がありました。朝の風景を少し眺めました。夜型人間としては、ちょっと朝型人間に方向転換すべきか、考えるところがありました。

が、夜の静寂な時間も捨てがたいというのがあり、なるようにしかなりませんか。柔軟にその時、状況に合わせていけば良いのかもしれません。ものごと、あれかこれかの二項対立の選択ではないですから。実存主義はあれかこれか、その選択を主張するのですが、それにもかかわらず、という第三の選択が考えられます。単純な問題ではないですが。

今、10時過ぎにブログを書いています。外は冷気が漂っていますが、南風がゆっくり吹き陽当たりは気温より温かく感じられそうです。午後の散歩には嬉しいです。

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2016年11月24日 (木曜日)

東京は初雪でした

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東京は54年ぶりの11月の初雪だそうです。54年ぶりということは、1962年(昭和37年)以来ですか。私はまだ上京していませんでした。朝方の交通機関、一部では雪の影響が出ています。今、ちょうどお昼になるところですが、雪は止みました。

今朝は二日酔いも去り(*´v゚*)ゞ、さわやかな朝?を迎えました。起床してすぐ結露した窓の外に目をやると、予報通りの雪景色でした。雪国はもっと雪が積もっているのでしょう。昔、2000年の夏に訪れた函館郊外のトラピスト修道院は、今頃どんな景色になっているのでしょうか。
寒さに弱くなってきているのに、なぜか冬の季節になると北国へ旅したくなります。なぜですかね?


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2016年11月23日 (水曜日)

明日は雪の予報が

P1000692昨夜は飲み過ぎて今日は一日、二日酔いでした。酒はほどほどに飲むべきと思い知らされました。今までに何度となく。困ったものです。食欲はなく動く意欲もなくとていたらくの状態でした。一日、時間の流れについていくだけ。今日は寒い一日で、なおのこと二日酔いがこたえました。

明日は、東京も雪が積もるかもしれないと予報されています。白い世界があらわれるでしょうか?朝の通勤が心配されます。東京はちょっと降った雪でも交通機関に影響が出ますので。
昔、田舎で子供の頃、雪がしんしんと降る夜がありました。時々、屋根から雪が落ちてくる音が静けさを破りました。今はそんな光景は減っているのでしょう。
遠い昔の雪の夜の思い出は、今となっては懐かしさで一杯です。    


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2016年11月21日 (月曜日)

人間同士の距離感の難しさ

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先週の土曜の夜、TV番組案内にあった山田太一脚本の「五年目のひとり」に興味をもち観ました。渡辺謙が演じる男(彼は2011年の東日本大震災の時、福島の地で家族や身寄りを亡くしました。こころを病み、その地を離れます)は、ある街で亡くなった娘にあまりにも似ている少女に声をかけてしまいます。それを知った彼女の母親は男を怪しい人として警察に通報します。父親はそれほど気にしていません。少女もだんだん男の心情が分かってきます。いずれにしても男は少女に近づかないことを誓います。最後は、男が獣医として住んでいた被災地に戻ることになり、少女に「どうもありがとう」と声をかけてバスに乗り別れていきます。福島に戻った男は元の獣医として生きていく、というのが私なりの粗っぽいあらすじです。観ながら、不覚にも涙腺が動き出しました。

前回のブログの内容は、実はこのドラマに触発されて書きました。人間同士の距離感の難しさです。

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2016年11月20日 (日曜日)

変な人

先日、散歩していたときのことです。狭い歩道で前に二人の兄妹らしき小学生ぐらいの子供が何やら遊びながら歩いていました。私が後ろから近づくと突然、後ろを振り返り「変な人がいたらすぐ走り出しましょう」と言って、まさに二人は駆け出していきました。
私はむっとしました。変な人ではないですと自分に言いました。学校で、変な人に会ったら・・・・・・・と教師が子供に教えているのでしょう。でも、変な人と判断する手立ては教えているのでしょうか、戦前、とりわけ戦時下の道徳教育と同じようなものでは困ります。子供にそのような判断能力を身につけさせる方法はいかに。判断能力は、文科省がいう学力の中身の一つです。

ところで、他者との距離の取り方は難しいです。善意で手をさしのべると、余計なことはしないでください、と。無視すると、冷たい人、と言われたり。ヤマアラシ・ジレンマ(精神分析のフロイトの授業で学びました)です。誰しもお互いにほどよい距離を保っていきたいと思っているのでしょう。誕生とともに他者との関わりの中で生きていかねばならない人間の一生とは、ある意味、不条理ではないかと考えたりします。不条理でないという考えもあるでしょう。教育者ペスタロッチやシスターのマザー・テレサなどは、他者のために生きることが全てでした。話が飛躍しましたね。

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2016年11月19日 (土曜日)

始めがあり終わりがある

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今日は気温以上に寒く感じたのは私だけですか。散歩もしませんで一日家におりました。今週は3日連続で、近いとはいえ立川に出かけていましてやや疲れました。

これからが紅葉という場所もあるのでしょうが、紅葉を終えた葉が落ちている風景を見ると物寂しさを覚えます。自然の摂理ではあるのですが、いつまでも紅に黄色に染まった葉をつけたままの木々の佇まいを見ていたくなります。が、それはかえって目を疲れさせるかもしれません。やはり始まりがあって終わりがあるという流れに身を任せるのが自然かもしれません。

翻って、人の一生を考えると誕生して死に至る流れに私たちは身をまかせるしかないのでしょう。そうは分かっていても終わりのない人生を夢想してしまいます。


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2016年11月18日 (金曜日)

国営昭和記念公園の紅葉

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昨日、立川の昭和記念公園へ。イチョウの黄色に染まった葉がきれいでした。シニア料金(210円)で入場券を入り口で差し出すと、何年生まれですか、と確認されました。昭和20年生まれです。嘘じゃないですと答えました。┐(´-`)┌
国営だけに園内はかなり広く万歩計では一万を越えたあたりで紅葉を愛でて園を出ました。

園内は年配者、それから外国の方が目につきました。写真はコンパクトデジタルカメラを持参しましたが、一眼レフにすべきでした。ただ撮影技術が未熟ですので、どれだけ違う写真を撮れたかは疑問です。写真を撮るとき、どのように被写体を切り取るかが問題です。私はどうも下手のようです。ありきたりになっています。いずれにしてもカメラを使いこなしていないということです。一度、しっかり写し方を学ぶべきでしょう。

今週で、公園内の紅葉の盛りは終わりそうな?気配でした。いよいよ冬の景色が訪れることになります。リタイア後ストレスが減ったのでしょうか、今のところ風邪をひくこともなく体調は良いです。このまま冬に向かっていきたいと思います。

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2016年11月16日 (水曜日)

アクセルとブレーキの踏み間違え

P1010030立川へ行く途中、モノレールの車窓から昭和記念公園そばの病院が見えました。先日、ニュースで報じられましたように、高齢者の運転する自動車が病院駐車場から暴走し近くを歩いていた方、二名が亡くなった場所です。アクセルとブレーキの踏み間違えのようですか。
私も運転しますので、いろいろ考えさせられます。歩くよりは車の方が便利です。老人であればなおのことです。個人差があるでしょうが、私は視力の低下があり昔ほどは運転する回数は減り、遠方へドライブすることもためらうようになっています。仙台へ車で行きたいと思っていますが、近頃はつい新幹線に乗ってしまいます。
昨年の三月まで出講していた大学へは、数年前からほとんど車ではなく電車などの交通機関を使っていました。非常勤、週二日の授業を終えた後ほぼ飲んで帰るからです。┐(´-`)┌

車のアクセルとブレーキの踏み間違えは危険です。車だけの問題ではないです。世の中の動きにも言えます。


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2016年11月15日 (火曜日)

今夜の酒の肴は煮魚

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昨夜からの雨は、暖かさを運んできました。最高気温は20度ぐらいになったでしょうか。ただし、明日からは気温が下がるようです。身体の調子を保つことに気を遣わねばなりません。自動調整できる人もいるでしょうが、老人はそうはいかないですか。

近くの散歩道にある公園の紅葉がだいぶ深まってきました。ここ一週間ぐらいで紅葉が終わりそうです。少し遠くへ足を伸ばして晩秋の光をあびたいです。部屋にこもって考え事をしていても出口なしの状態があります。そんな時は、どこかへ飛び立つ?ことも必要です。ところで、出口のない人生はあるのでしょうか。私はどこかに必ず出口があると考えています。ニヒリスティックな面もある一方で、楽観的なところもあります。

スーパーで<なめたかれい>が安く売っていたので買いました。自己流で煮付けました。うまく料理できていると良いのですが。そういうわけで今夜の酒の肴は煮魚です。


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2016年11月14日 (月曜日)

終わっている人とは

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生きているのに終わっている、ということとは何なのでしょうか?省みて、自分自身この歳になると、もう終わっているという感じを時折もつことがあります。でも、生きているのに終わっていると断定することには同意できません。子供や若い人のようなつもりで、自分の人生は終わっていないというつもりはありません。が、どんな人であれ、歳であれ生きている限り終わらない人生を送っているのではと考えます。

今の世の中、人間を有用性、利用価値だけから考えているところがありますか?そうだとすると老人は。
<追記>
わけの分からないことを書いたように思います。昨夜のNHKTV番組「終わらない人 宮崎駿」を見て考えたことでした。


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2016年11月12日 (土曜日)

小春日和の週末

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小春日和、自宅最寄り駅から隣の駅まで歩きました。帰りは電車に乗り戻りました。途中、声をかけられました。一瞬、わからず、どなたですか・・・・?と尋ねたら、サングラスを外し私のニックネーム?を言いました。そこで、誰かが分かりました。彼は私より年下です。同じように散歩していたところでした。散歩していると、こんな経験が少なからずあります。リタイア後の光景です。

明日も小春日和のようです。都内の紅葉が見頃になる頃でしょうか。高尾山にはしばらく行っていません。最近は訪れる人が多いです。土、日は混雑でしょうね。近くの昭和記念公園の銀杏並木の紅葉は見にいきたいと思っています。季節の移り変わりに見られる自然の風景にこころが躍ります。こころが癒やされます。

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2016年11月10日 (木曜日)

あるがままの今を受け入れて生きていくこと

P1000684寒い一日でした。昼の食事を買いにスーパーへ出かけましたが、散歩には行かず家にこもっていました。世の中の動きに少しばかり気を遣い、明日の予定を思ってみたりするうちに時間は容赦なく過ぎていきます。

歳は関係なくあるがままの今を受け入れて生きていくことを考えます。それは今という現実を無批判に受け入れていくということではないです。こうありたいと考え行動し、その上であるがままの今を生きるということです。やみくもに今を否定し前に進もうとしないことは賢明でないと思います。

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2016年11月 9日 (水曜日)

<不易流行>

P1000687大国アメリカの大統領選挙となれば、TV番組で一日報道されていました。日本にとっては無関心でいることはできません。トランプ氏が選ばれて、報道では円高が進むとか、防衛関連株が注視されるとかの経済問題や在日米軍の問題が報じられています。今回の選挙では、もの言わぬ多数の人たちが声をあげたことが勝敗を分けたように思います。正直、私にはこの先のことは分かりません。

今日、気象庁は、東京で<木枯らし1号>が吹いたと発表しました。北風が寒く感じました。この頃は、寒さに敏感になっています。歳のせいかと思います。心情的には北国の風景にこころが動かされますが、生活をしていくとなると温かい場所を考えてしまいます。
さきほど書いたように、世界は毎日揺れ動いています。そういう状況の下、芭蕉がいう<不易流行>を思ったりします。
世界がどのように変わろうと、変わらないのは全ての人はいつか死ぬということだけすか。

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2016年11月 8日 (火曜日)

自由が丘という町

P1000705昨晩、七時半からNHKBSプレミアムで<自由が丘>を取り上げていました。昔、一度行った覚えがありますがはっきりしません。地名の由来を知りました。その中で大正時代の自由教育で知られる千葉師範付属小教員手塚岸衛が関わっていることを知りました。「1926年、千葉県大多喜中学校校長となるが、配属将校の扇動によって校長排斥運動を生徒らが起こしたことが原因となり、辞職に追い込まれる。1928年、東京で、自由ヶ丘学園を創立するが、道半ばで病没する。」(Wikipediaより引用)その自由ヶ丘学園は、その後「幼稚園・小学校がトモエ学園として小林宗作に引き継がれ」(Wikipedia)たということです。トモエ学園は、たしか黒柳徹子さんの『窓際のトットちゃん』の舞台ですか?

自由が丘という町は、自由を主張する文人や芸術家、そして教育者などによって地名が誕生したのですね。今度、訪れてみたいです。良い飲み屋さんがあるでしょうか。┐(´-`)┌


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2016年11月 6日 (日曜日)

TVドラマ『氷の轍』を観て

P1000702さきほど散歩から帰りました。風がやや強めで冷たく感じました。公園にある気温表示器では14度でした。ダウンのベストを上に着て出かけましたが、これからはあたたかな服装に変えていかねばなりません。

歩いていると脳が刺激をうけるのでしょうか。その辺りは脳科学者の説明にまたねばなりません。歩くとは、人間にとって本姓の一つであることをつくづく知らされています。リタイア前は、歩くとは一つには職場に決められた時間まで着くためでした。が、今、散歩しているのはそうした時間の制約はありません。好きなだけ歩き嫌になったら止まるだけです。それが散歩、逍遙の意味でしょうか。

最近はTVドラマを観ることが少なくなりました。興味あるドラマがないからです。しかし、昨夜は夜の9時から二時間ドラマを観ました。「ABC(朝日放送)創立65周年記念スペシャルドラマ『氷の轍』」です。松本清張の『砂の器』を思わせるドラマでした。原作は直木賞作家 桜木紫乃の書き下ろしです。小学館から出ています。人間の孤独とやるせなさ、そして宿命に翻弄されていく人生が描かれたドラマです。キャストは水産会社社長役の余貴美子、刑事役の柴咲コウ、沢村一樹などで見応えがありました。ドラマの舞台は青森・八戸、北海道・釧路です。まだ冬の北海道は訪れたことがありません。歩けるうちに一度、冬の北海道へ行ってみたいですが。


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2016年11月 5日 (土曜日)

光と闇

P1010024小春日和の一日でした。散歩から帰ると、西の彼方に陽が沈みゆく頃でした。黄昏ゆく空に雲一つなく、月が見えました。

夕暮れの後に、漆黒の闇の世界があらわれます。昼の光と夜の闇が毎日繰り返し続いていきます。が、都会は真夜中になっても夜の闇の中に人工の光が点ります。都会から離れた場所には暗闇だけが広がります。光と暗闇は共存し、わたしたちの周りを巡ります。

追記:ここまで書いていたところで、観たいTVドラマの始まる時間になり止めたところでした。そういう訳で短い文章になりました。ブログを書くときは、時間に余裕をみて始めなければなりません。反省です。


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2016年11月 4日 (金曜日)

歩くことの非日常性

P1000542夕方前に、散歩。ただ歩いているということだけです。無心になれる時間です。周りの風景にとけこんで時間が過ぎていきます。歩きながら絶えず考えるには、まだまだ修業不足です。難しいことを?言うようですが、自分にとって歩くことは非日常性の時間に生きることではと思ったりします。通勤で歩くのとは違う次元です。リタイアした人間の思いです。

歩くには良い季節です。暑からず寒からず。歩く時間はもっぱら午後が多いです。早朝は避けています。身体に負担が多く、かえって不健康では。午後と言っても夕方近くになります。どうやら散歩の後の酒が美味しくなることと関係しているのでしょう。今日は、冷蔵庫にあった合鴨のスモークを前に中辛の赤ワイン、グラス一杯でお終いでした。
十一月に入り、一週目が終わろうとしています。あっというまに今年も暮れが迫ってきます。何か形あるものを残して今年の終わりを迎えたいものです。


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京都、奈良の紅葉

P1000200
京都、奈良の紅葉はこれからでしょうか。多くの場所は中旬から下旬辺りが見頃で、混雑するのでしょう。前に晩秋、いや初冬といってもいいでしょうか、奈良に行きました。紅葉も終わりかけていたように覚えています。浄瑠璃寺がメインでした。京都とちがいのんびりした感じの旅でした。旅行客も少なくなっていました。最近の様子はわかりません。外国からの旅行客で混雑するのでは。

ここのところ東京はめっきり朝夕に寒さがやってきています。昼の気温にだまされて出かけると、帰りには寒さに震えるということになりそうです。そうした季節の中で、大学の学園祭、神田の古本祭りなどなどが街を賑わします。足早に訪れる冬の前のお祭りです。東海大学の学園祭、最終日(3日)には花火大会でフィナーレになります。在職中、結局一度も観ずじまいでした。夏の花火とは別の趣があるように思います。花火は一瞬で終わります。夜空にぱっと大輪の花火が広がるもすぐに暗闇に変わります。人生もそうであると良いのですが?


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2016年11月 2日 (水曜日)

小説を読むこと

P1010013前回、ブログに書きましたように目白台から早稲田への坂道の途中にある和敬塾という歴史のある学生寮の脇を通りました。今年もノーベル賞で話題になりました作家の村上春樹さんが一時いた学生寮のようです。村上さんの小説は読んでいません。読みたいと思っています。小説は、近年では故人となられました辻邦生のものを読んでいました。フランス哲学・思想の故森有正の本を読んでいて辻の小説にたどりつきました。ふたり共フランスの環境が背景にあります。
森は東大助教授の時、フランスへ国費留学生で行くわけですが、そのままフランスに居着いてしまいました。デカルトを研究するためにはフランスに留まることが必然ということです。

辻の小説は、えらく気に入り本が出るたび書店に行きました。小説を書くなら、こんな小説を書きたいものだと思いました。ストーリーも大事ですが、思想というかテーマが何であるか、それが小説にとって大事だと思います。そうした観点からすると、辻の小説は読みたくなりました。自分の文学とは関係ない専門の勉強で、辻の本は読み終えたものは仙台に置いてもらったままです。もう一度ゆっくり読んでみたいです。
ところで、あの幻冬舎という出版社が月刊文芸雑誌を発刊しました(小説幻冬 2016年11月創刊号)。 本離れという時に、あえてこのような文芸雑誌をだしました。本離れといっても書き手(小説家志望の人)はたくさんいるようです。新人文学賞(文学界、群像、新潮)の投稿者はおそらく各文学賞、数千人いるのでしょう。電子出版も聞かれますが、紙の本は捨てがたいです。
あらためて、本を読むことの大事を思うこの頃です。


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