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2017年4月

2017年4月30日 (日曜日)

想像の世界

P1010401 午後、黒い雲があらわれ風が吹き出したら、雨が降り出しました。それほど長い時間ではありません。その後も、晴れ間が出たと思うのも束の間また雲がでてきて不安定な天気でした。
 
 ネットで高速道路の交通渋滞状況をみたら、軽井沢方面への高速道路がある区間混雑していました。今頃の軽井沢も出かけてみたくなります。想像の世界で、行ったつもりになりますか。
 ところで想像できるというのは人間だけの特徴、能力ですか?私は子供の頃から、想像の世界へ埋没することが得意?でした。したがって、たとえば数学の授業時間に窓の外を見ながら何かを想像していることがあり、教師にあてられて問題を解きなさいと言われてもできませんでした。ただ国語や社会はうまく誤魔化せました。
 いずれにしても想像力は、生きていく上で大事だと思います。判断力、思考力、表現力、行動力などと同様に。しかし、私のように授業中に想像の世界へ没入は問題ですが。

  もう日付が変わりました。日曜日です。毎日が日曜日の私には大型連休二日目と言った方がよいでしょうか。本日もとりわけ予定はないので、いつものように近くを散歩して戻ったらクラシック音楽を聴き、老人の生きがいを主題にした物書きでもしますか。

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2017年4月28日 (金曜日)

書くということ

P1010404 今日はプレミアムフライデー、そして明日から連休ということで世の中は動いているのでしょうか?前に書いたように、私は遠くへ出かける予定はありません。どこか近い場所と考えると都内になるでしょうか。やはり銀座周辺とか。街ではなく奥多摩とかも思いますが、電車も車も混みそうです。
 いずれにしても、どこであろうと美味しい酒が飲めたら良いです。ここ数日、普通酒、要するに吟醸酒でない酒を飲んでいましたが、やはり酒は多少高くても吟醸酒が美味しいなと思います。大吟醸酒であればなおのこと。

 昨日、ある主題で原稿を書き始めたら、あっという間に換算すると400字原稿用紙を4枚近く書くことができました。が、今日は駄目でした。書くということは、何か書き手を動かす力があるのでしょうか。あらためて、書くことの難しさを痛感しました。まあ焦らず気長に書いていくしかありませんが、のんびりすぎてもいけないしと。
 なんと言っても、書く必然が求められます。生半可な気持ちでは、途中で書くことができなくなるでしょう。どうしても書かなければならないものを持っている、それに対する情熱が書かせるのではないでしょうか。

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2017年4月27日 (木曜日)

かつお、鮎の塩焼きの思い出

P1010394  好物のかつお、美味しくなりました。今日もスーパーで刺身を買ってきました。前に丸の内のビルに入っている土佐料理専門の店で食べましたが、時期が遅れていてとはいえ美味しかったです。が、一度、土佐、高知で食べてみたいです。美味しい酒もありますし。子供の頃、おつかいで町の魚屋さんに行って、かつおの半身を経木(きょうぎ)につつんでもらい帰ったのが懐かしいです。今の人は経木が分からないかもしれません。杉や檜などの木材でつくった薄い包装用材です。今使われている発砲スチロールなどの前の物です。宮城沖でとれたかつおで、まぐろより美味しく感じることがありました。

 時期でいえば、次はあゆです。5月に入れば解禁で鮎釣りが始まります。清水にいた頃、住んでいたアパートの隣が寿司屋でした。ご主人が店の休みには、よく鮎釣りに行っていました。翌日、店で鮎の塩焼きをいただきました。ここで食べた塩焼きは食べ残すことなく全部いただきました。身、骨も柔らかく頭も抵抗なく食べきりました。この季節になると、思い出す店です。そう言えば、同様にこの季節になればかつて勤めていた大学そばの馴染みの店へ行くと、ほぼかつおの刺身と鮎の塩焼きを肴に酒を飲んで帰りました。ご主人は、私の好物を知ってくれてメニューに入れてくれていたように思います?私の思い違いだったりして……。
 季節が巡る中、食べ物の思い出です。

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2017年4月26日 (水曜日)

連休が近づいてきました

P1010395 夕方近く散歩に。部屋で頭が空回りしていてもしょうがないと。散歩の途中で、開店早々の店に入り生ビールを一杯。これからの季節、これがたまらないです。少しばかり飲んで帰宅。
 
 明日まで20度未満のようですが、その後は20度をこえる気温が続きそうで、ゴールデン・ウイークは雨もなさそうです。わたしはどこへも旅行する予定は、今のところありません。毎日が日曜日の生活ですので、わざわざ混んでいるときに出かけることもありません。ゴールデン・ウイークには、銀座辺りにでも出かけるのが賢明かと思います。人それぞれですが。いがいと銀座は空いているように思います。銀座横丁の居酒屋でも行きたいです。「鳥ぎん」もしばらく行っていませんね。

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2017年4月25日 (火曜日)

新緑が深まりゆく中で

P1010378

 夕食を、晩酌の料理を食べ過ぎたようで、胃がむかつきました。世の中、激しく動いているのに困ったジジイです。

 樹木に新芽がでて、様々な葉色のグラデーションを楽しんでいました。いつのまにか新緑がだんだん濃くなってきました。新緑が青空を背景に拡がりゆく風景は、元気をを与えてくれます。

 今日はTVニュース番組に時間をとられました。じっくり思索をする時間をとらねばならぬと思いつつ。

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2017年4月24日 (月曜日)

子供の頃のある出来事

P1010380 戦後復興の途上、昭和30年代です。地方都市の駅前近くに軒下をかりて毛布を売っている店がありました。闇市に近い風景です。小学生の男の子と母親が、その店の前にいました。母親は毛布を買おうとしていました。が、男の子は母親の袖を引いて、止めるようにしました。するとそばにいたおばさんが、彼に「まあ可愛いお坊ちゃん、……」と話しかけ、さらに「この毛布、安いですね」と母親に言いました。毛布を買わせようとしたのです。どうやら母親も状況が読み込め買うのを止めました。そのおばさんは、要するに<さくら>だったのです。煽って買わせようとする役目を持っていたのでした。

 この話は、実はわたしが小学生の時に経験したことです。わたしはその店の雰囲気からどうもうさんくさいなと直観しました。子供といっても直観能力があると思います。このような話、煽ることを指図する人間、煽る役目の人間、煽られる人間という構図ですか。

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2017年4月23日 (日曜日)

パイプオルガン紀行TV番組

P1010376 P1010360 昨日、朝からくしゃみと鼻水に困りました。今頃、花粉症になったかと。が、夜から消えました。何だったのでしょうか?やや寒暖差がある昨日、身体に変調をもたらしたのかと考えたりします。
 今日は、風に少し冷たさを感じましたが、心地よいものでした。午後遅く、家にいるのももったいないと散歩に。四〇分ほど歩くと汗を感じました。

 夜、TV番組を調べていたら、NHK Eテレで九時から、ドイツオルガン紀行の二時間番組がありました。パイプオルガンに初めて出会ったのは高校の入学式でした。キリスト教主義大学の付属高校で、大学の礼拝堂で入学式が行われた時です。その荘厳な音色に圧倒されたのを思い出します。それ以降、パイプオルガン曲を折に触れて聴いてきました。バッハ・コレギウム・ジャパンの指揮者でもあるオルガニスト鈴木雅明氏がドイツを旅しながら教会のパイプオルガンを演奏する二時間番組、とても充たされた時間となりました。まさに至福の時間です。こんな時間が吞兵衛ジジイには、たまに必要です。

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2017年4月21日 (金曜日)

花を愛でる日々

P1010369 隠居生活に入ってからですか、花を注意深く観るようになったのは。こころが和みます。以前は、仕事に追われて花を愛でるなどということは少なかったです。これも人生の流れの一つの出来事でしょうか。が、前にも書いたように花の名前をあまり知りません。牧野富太郎博士の『植物図鑑』で勉強すべきですね。
 花を愛で、鳥のさえずりを聴き、川のせせらぎの音を聴きながら、昼には流れゆく雲を眺め、夜には月を眺めながら酒を飲む生活といったら、桃源郷のような世界ですか。そのような生活は夢でしょうね。そんな夢のような世界を想いつつも現前する内外の動きにしっかり眼を向けて生活していかなければならない、と思うこの頃です。

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2017年4月20日 (木曜日)

癒やしと思索の源泉としての音楽

P4140271 何がなくても、クラシック音楽があれば、と言ったら大袈裟でしょうか。それほどわたしには必要なものとなっています。好きな曲を聴きながら考えたりするのは至福のときです。この頃は、ショパンの「ピアノ協奏曲第1番」が気に入っています。特に最初の出だしが良いです。こころが癒やされると同時に考えを深めてくれるように思います。
 もし、このような時間がもてなくなったらどうするのでしょう。空の雲の流れを見たり、風の音を聴いたりなどすることになるのでしょうか。最終的には、至上の音楽とは、自然が奏でる音楽でしょうか。

 わたしが子供の頃、遊び終えた後、よくわけのわからない歌を歌って帰ってきたそうです。わたしが大きくなってから母に言われ、そうだったなと思い出しました。まあいい加減な子供だったのでしょう。今、酒を飲み終えて帰るとき歌って帰ることはありません。飲み過ぎで、そんな余裕はありませんo(*^▽^*)o

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2017年4月19日 (水曜日)

今日も日が暮れて

P1010355 駅に向かう通り道の公園にまだ桜が咲いていました。駅についたら、モノレール車両が故障して1時間ほど止まっていたようです。幸いわたしが着いた時間に走りだしていました。午後の遅い時間ですから、あまり問題はなかったのでしょうか、また都心ではなく多摩ですから。

 モールにはいっている<東急ハンズ>で買い物を。水曜日ですから客もまばらです。こうした大型商業施設がありますが、どうなんでしょうか。帰りに、ちょっと飲んで帰りました。こうした生活ができている間は、わたしも元気な証拠ですか?

 昨夜、遠い幼い頃のことが夢に現れました。これは何なのでしょうね。わたしのコントロールがきかないのが夢、<無意識の世界>ですよね、G.フロイトさん。

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2017年4月18日 (火曜日)

次のステップへの充電

P4140282 急に夏が来たような天気でした。今日の気温に身体と着るものを合わせなければなりませんが、なかなか身体もすぐには合わせてくれません。また夏物はしまったままなので取り出すのも面倒で、長袖のポロシャツでしのぎました。そろそろ冬物から春物に替えつつありましたが、夏物には思い至りませんでした。寒さよりは助かりますが、急な変わり様は大変です。

 昨日、書いたように「バベルの塔」展を観てきました。キリスト教を題材にした絵や彫刻がありました。中世時代、カトリック教会では聖書を読むことよりミサなどの典礼を重んじていました。民衆は聖書を読むことができませんでした。聖書はヘブル語、ギリシャ語で書かれ、中世にはラテン語訳がでてきます。そこで、例えば今回観てきた15世紀あたりのネーデルランドにおいて聖書の教えをあらわすキリスト教美術が成立したのでしょう。後に宗教改革がおこなわれ、ドイツではM.ルター(ルーテル)がドイツ語訳の聖書をだし、民衆にドイツ語を学ぶ学校を提唱します。ちなみにドイツの義務教育の近代学校が成立する際は、ルターとの関わりがあります。そこからプロテスタント教会においては聖書信仰に重きがおかれるようになりました。時代背景、理由があるでしょうが、一般民衆にも読める聖書をカトリック教会は作っておくべきだったのではと思います。ただ当時は義務教育・公教育が成立していなかったことが背景にあります。我が国では、今はカトリック、プロテスタント教会の共同訳の聖書が刊行されています。わたしの浅学なキリスト教の知識ですから誤解があるかもしれませんが、思いつくところを書きました。

 今日は一日格別に何かをすることもなく隠居生活をおくりました。次のステップへの充電と思えば良いでしょうか。プラス思考です。やはりわたしは能天気ですか。

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「バベルの塔」展

P4140280

 かつて仕事をしていた時は、美術館へ行くことは考えたこともありませんでした。が、リタイアした今はヒマがあります。都美術館の「バベルの塔」展に行ってきました。正確には17日、内覧会です。幸いにも招待券を手に入れることができました。旧約聖書でバベルの塔については知っていました。簡単にいえば人間が神を畏れず高い建物・塔を建てようとしたことに対して、神はそれをできなくしたという記述です。作者のブリューゲルの意図はそれだけではないでしょう。15,6世紀のネーデルランドにおけるキリスト教美術ということなんですかね。ある程度、キリスト教(ローマカトリック教会)を理解していれば展示の絵や彫刻についてより分かるところがあるように思いました。

 ところでドバイとか東京もそうですが、どこまでも天をめざした高いタワーがつくられています。どうなんですかね。ちょっと話が違いますか。

 展覧会を見た後、一度行ってみたいと思っていた上野駅近くの青森の郷土料理店へ行き飲んで帰りました。混んでいるかと思いましたら空いていました。かつて、『忍ぶ川』で知られる作家三浦哲郎などが来ていた店だそうです。酒は地酒「桃川」をいただきました。冷酒でしたので、三合で止めました。楽しい時間でした。

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2017年4月15日 (土曜日)

新しい環境への適応

P4100258 何かを成し遂げるには、目標に向かって張り詰めたものを持続させていくことが求められます。成し遂げることによって張り詰めていたものがなくなると虚脱感を覚えさせられます。張り詰めたままは神経を疲れさせます。ですから緩めることも必要になります。言うならば、連続が一時非連続の形をとることになります。

 昨夜は3時過ぎに就寝しました。しっかり8時間眠りましたが、どこか疲れが残りました。体内リズムというのですか、やはりもっと早く就寝した方が良いのでしょう。明日はだいぶ気温があがるようです。散歩には心地良い天気になりそうです。新緑にむかう木々の葉を眺めながら歩くのも良いでしょう。
 今週も終わり、新入生、新入社員の方もだいぶ新しい学校や職場の環境に慣れてきた頃でしょうか。個人差があります。わたしはスロー・スターターなので、環境にとけこむ時間が遅かったように思います。焦ることもないです。成るようにしかなりませんから。過大に環境に適応する、あるいは過小に環境に適応するのではなく、ほどほどに適応することでしょうか、難しいことではありますが。
 あと2週間ほどすればゴールデンウィークが始まります。ただこの頃は、大学によっては授業時間の確保でカレンダー通りに休まず授業日がありますが。文科省の指導があるわけですが、いかがなものかと思います。教育は勉強の量が多い方がという考えがあるでしょうが勉強の質が問われなければなりません。かつて、学校教育で教える内容が多すぎる問題の解決として、アメリカのブルーナーの理論(『教育の過程』岩波書店)が持ち出されました。Learning How to learn. またドイツでは範例教授法が同様に提案されました。要するに、学び方を学ぶことによって、自己学習を進めていくことだと理解しています。学びは学校の教師によってだけではなく自己による学習も重要であるということですか。学校に長い時間、学生、子供をおけば学習効果があがるのでしょうか。小、中、高校、大学という場をI,イリイチの<非学校化論>(『脱学校の社会』創元社)から再認識する必要があるように考えますが、どうでしょうか。

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深夜の物書き

P4140283   桜はまだ咲いています。桜の種類がわかりません。一方で、新緑が広がりつつあります。観ていると、生きる元気がでてきます。
 もう深夜3時になりました。静けさの中で書いています。
ところで、昨日の夕方に何か話しながら走って行く自転車が、わたしを追い越していきました。信号待ちの交差点で、その女性は話しながら待っていました。わたしは携帯電話などで話をしていると思いましたら、そうではありませんでした。独りつぶやいていたのです。
 ブログも独りつぶやいているようなものです。が、何でしょうか……。

 400字詰め、130枚ほどの文章が完成しました。一区切りです。次のテーマにむかって、書こうと思いますがより難しくなるでしょう。

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2017年4月13日 (木曜日)

呑兵衛爺も殊勝な心がけを

P4100264_2 春の暖かさは、陽ざしがあるにもかかわらず感じられない日でした。ニュースでは、仙台の桜が満開になったと報じていました。

 書きためている文章を読み返しながら書き直したりして一日が終わろうとしています。読み返すほどに書き直したくなる文章です。でも、書くということは、今のわたしには大切な時間になっています。亡くなった母がよく生前、老いても何かをして一日を過ごすことの大切さを言っていました。あらためて共感するところがあります。その何かは人それぞれです。一瞬一瞬を一生懸命に何かを為していく過程が大事だと思います。無為の生活でなく有為の生活を目指していきたいです。呑兵衛爺も殊勝な心がけを!!

 窓の外に、まん丸のお月さんが見えています。明日は春らしい天気になりますか。


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たまには日本酒だけでなく

P4100262 夕方、呑みに出かけました。外に出た途端、思った以上に寒さを感じました。が、店に入り飲みだせば寒さも消えていきました。日本酒を3合呑んで、あとはウオッカをベースにした「樽ハイ」(アサヒビールの業務用)を2杯飲みました。若い頃、ジンライムをたくさん飲み店の人に不思議がられました。早稲田あたりの店でしたが、今もあるのでしょうか。
 帰宅して、途中からになりますが吉村昭『破獄』のTVドラマ番組を観ました。前に小説は読んだように思いますが。物語の凄さ、小説にすることの凄さも感じました。ビートたけしさんの演技、存在感も良いです。

 息苦しく感じつつある今の社会、管理社会?、その中で想像たくましく物語をつくることは意義があるように思います。


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2017年4月11日 (火曜日)

桜が散りゆく様に

P4100255   P4100252                                                                                                                                                                                                                                                               何とも寒い一日でした。冬物のコートをだして外出しました。健康管理が大事です。老人は若いときにくらべるとなおのこと暑さ寒さに対する身体の調整が大事になってきます。リタイアした後は、ゆっくり睡眠がとれることが健康維持には助かります。しっかり睡眠をとることが重要だと思わされています。また早く就寝した方が良いのですが、どうも遅くなってしまいます。前にも書いたように、わたしにとっては夜の静けさが、考えたり書いたりするには適しているからです。そうは言っても、深夜3時、4時まで起きていることはなくなりました。何か締め切りに追われることもないからです。

 桜はまだ咲いていますが、散り始めてもいます。土の上に散りばめられた桜の花びらが、そろそろ桜の終わりをつげています。桜が散りゆく様に、自分の人生を想います。省みれば、わたしの人生は何かを咲かせたか、そして散っていくことができるのでしょうか。満開にはならなかったとしても、それなりに散って終わることができたらと思います。このままいけば未だ未だ人生は短いとはいえないかもしれません。


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2017年4月10日 (月曜日)

まだ桜は満開

P4100265
 今の時期、桜がこころを捉えています。明日は雨なのでということで、近くの桜をまた観に行きました。昔から、桜は歌に詠まれ、小説などで描写されてきました。ひとのこころを魅了するものがあるのでしょうか。
 仙台では今日開花したようです。市内にも桜の名所らしきところはありますが、仙台から南にある白石川堤一目千本桜を観に行きたいです。残雪を抱いた蔵王山を望む白石川の堤に列をなして咲く桜の風景は素晴らしいです。だんだん桜は北へ向かっていきます。それを追いながら旅をするのも一興です。が、できますかね。

 プリンターが駄目になったので買い換えました。無線LAN、WiFi接続使用にするのですが、その設定が以前のものより簡単で助かりました。まさに技術の進歩ですか。でもインクの消耗はどうなんでしょう。プリンター本体は安くともインク代がかかっていましたので。使ってみれば分かりますが。
 プリンターであれパソコンであれ、まだまだ使用する生活が続くのだろうと思います。今の時代ですから。しかし、いつかはこうした道具を必要としない時がくるのでしょう。この世とおさらばする日が近づいてくる時です。正直、寂しいと言いたくなりますが、それはそれで良しとしなければならないのでしょう。

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2017年4月 9日 (日曜日)

季節の移ろいの中で

P4050226 折角の日曜日ですが、青空はなく曇り空です。が、桜が満開です。あとどれだけ満開が続くかと思います。樹木に葉色が広がりつつあります。そんな自然の風景から生きる力がわいてきそうです。そこで今週から頑張るぞ、といっても何をということになります。あてどころもない文章書きをするしかありません。正確にはあてどころもないというわけではありませんが……。
 
 昨日のブログは酒を呑んで帰ってから書きました。読み返すと、どこか支離滅裂のところがあります。神経が研ぎ澄まされて書かねばならないのでしょうね。たかがブログ、されどブログです。

P4050240

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2017年4月 8日 (土曜日)

人間の傲慢さ

P4050247 週末、気分転換?もあります、夕方、呑みに。冷酒を5合(正確にはどうですか)頂きました。行きつけの店です。好き勝手なことをいって呑みました。店のTVが壊れたとのこと。私はないほうが良いのではと言いました。店の主人は、ゴルフや野球中継を見ながら仕事をしてるところがあるので不満げでした。
 
 元サッカー選手の中田英寿さんがプロデュースする日本酒の催しが、六本木ヒルズでここ数日全国の多くの酒蔵が日替わりで酒をだすようです。「14代」をはじめとして。出かけてみようと思いましたが止めました。酒を飲む雰囲気、呑み方があります。
 あの全共闘につながる学園闘争時代に生き今は亡き高橋和巳、京大教員であり作家でもありました彼の酒の呑み方、呑む雰囲気が私には印象的です。どんな呑み方……。

 ところで、今も神の手のひらの上で人間は進化している、創造的進化という思想、いうならばダーウィンの進化論とキリスト教の創造論の思想の折衷論を、Th、シャルダン神父はかつて主張しカトリック教会から破門されたと覚えていますが、気になります。別にカトリック信者ではありませんが。私が神を、人間を超えた存在を畏れぬ人間の傲慢さを最近感じるといったら笑われますか。

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2017年4月 7日 (金曜日)

入学式の光景

P4050236 街を歩いていたら、入学式帰りと思われる光景を目にしました。いよいよ子供たちの学校生活が始まります。思い出せば私はどうも学校になじめませんでした。友達はいましたが、我が道を行くというところがありました。見方によっては、協調性が足りない、実は小学6年の時の通信簿にそのように書かれていました。親から、あらあら……という感じでした。大学に入ってから、学校という場所の楽しさを知りました。子供たちが、学校は楽しいと思うことを願わざるをえません。が、子供の世界は大人の世界を反映します。一つには格差社会といわれますが、子供の世界に反映されないようにしなければと思います。

 先日、ある随筆のようなものを読んでいました。そこには、100歳などという人間は減らすのが正義だ、というような文章がありました。筆者は90歳をこえている方です。考えは自由で書くことも自由ですが、私は何か違和感を覚えました。人間の生死は自分で決められないし、何歳まで生きると思っても決められるものではないでしょう。生かされるままに生きるしかありません。100歳をこえて死をむかえるかもしれません。人間が何歳まで生きるかは、われわれの判断、決定をこえていることではないでしょうか。たとえば50歳で死を、あるいは102歳で死をむかえる、それは誰が決めることができるのですか。高齢化社会の問題解決として、100歳以上は生きることは駄目である、という法律をつくりますか。それはどうですかね。なお誤解なきように、私は長生きすれば良いとは考えていません。人生は長短できまるものではないと考えています。
 いろいろ考えることはありますが、老人の生死をあるがままにうけいれて生きていくしかありません。どんなに格好悪くとも。

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2017年4月 6日 (木曜日)

桜の木の枝にのっている猫

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 昨日、載せた写真です。いまひとつ分かりにくいですが、白線で囲った部分、桜の木の枝の上に猫がいます。上野公園の桜を観て歩いていましたら、とある場所が人混みの中でことさら混んでいました。なんとさきに書いたように猫が木の枝の上にいました。それを写真に撮る人たちで一杯だったのです。猫はじっとしたまま動きませんで、写真を撮られていました。
「桜を観に来たのに、どうして私をこうして人間たちは写真を撮るのに夢中なんだろう。枝から降りようにもできません」と猫がつぶやいていた、または写真を撮られていることに喜びを感じていたかは知るよしもありません。
 

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2017年4月 5日 (水曜日)

上野公園、千鳥ヶ淵の桜

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                                                                                                                                                      上野公園、千鳥ヶ淵の桜を観てきました。桜よりも人、人でした。約1万5千歩ほど歩きました。疲れた……。

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2017年4月 4日 (火曜日)

新しい環境への適応

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P1010349                                                                                                                                                          春の陽光をいっぱいにあびて、近くを散歩。まだ桜は満開ではないです。散歩道の公園内、太平洋戦争時に爆撃をうけた航空機工場の変電所跡の前に桜の代わりにいろいろな花がきれいに咲いていました。菜の花の黄色が鮮やかです。背後の爆撃をうけた変電所の傷跡がより生々しく見えます。
 
 新入社員、異動の方たちは新しい環境に慣れるために奮闘している時でしょうか。昔、勤務先の清水から平塚の湘南校舎へと異動になったとき、6月あたりに疲れがどっときたのを思い出します。子供の時から、マイペースできた私ですが、さすがにその時は新しい環境への適応に頑張っていたのでしょう。適応がうまくいかなくとも過剰適応よりは良いでしょうと思いますが。私見ですが、社会は個人より集団に重きをおいているように。戦後、国家主義の反省のもとに個人の尊重から出発しました。が、今、どうでしょうか。戦後70年を過ぎ、どこに向かっているのでしょうね。

 昨晩、かつおの刺身を肴に晩酌をしました。まだかつおの美味しさはありませんでした。これから、かつおと鮎の塩焼きが楽しみです。食べることと呑むことだけが、老人の楽しみではないですが。

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2017年4月 1日 (土曜日)

<花より団子>

Sakura だいぶ前に京都へ行った折の写真です。桜の花びらが川一面に、花筏です。京都大学近くから南禅寺まで歩きました。哲学者の西田幾多郎は、こんな時も散歩していたのでしょうか、思索しながら。
 雨は上がりましたが、曇り空で気温も低いです。夜桜見物にはどうでしょうか。昨日、今日と桜の満開は延びていますが、明日はどうやら晴れなので都内の桜の名所は人出がありそうです。桜見物の話題の一方で、最近、戦前回帰を思わせるニュースが見られるようになってきています。戦後生まれの戦争体験なしで生きてきた爺には、何か不安を覚えます。戦争体験者が少なくなる中、平和の有り難さを感じざるをえずにはおれません。子供たち、若い人たちの将来を考えさせられます。

 P1010346懐かしい<都まんじゅう>です。子供の頃、母に連れられて行った仙台三越デパートの地下食料品売り場の一角でこのまんじゅうを焼いて売っていました。まんじゅうを焼く機械がぐるぐる回っていました。しばらく行ってませんが、今はないでしょうか?写真の<都まんじゅう>は沼津、平塚、八王子の店で売られているようです。清水のアーケード商店街、新清水駅近くにも<都まんじゅう>を焼いて売っている店がありました。懐かしいです。<花より団子>です。早速、頂きました。ついでに言うと、東青梅にある<松乃屋>さんのいかにも手作りの昔ながらの大福が食べたいです。酒も好きまんじゅうも好きです。やせるヒマがありません。

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