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2017年5月22日 (月曜日)

王妃の涙の訳

P1010454 五月晴れ、でもすっきり晴れた空でもないように見えます。青空が幽かに見えるようです。時折、風が吹いています。午後、ボケ―と窓から空を眺めていたら眠くなりました。典型的な隠居生活の光景です。

 昨日、BS3で世界の王妃物語という番組を観ていましたら、2002年アルゼンチンから嫁いだオランダ王妃の結婚式でアルゼンチンタンゴ、ピアソラの「アディオス・ニーノ(お父さん、さようなら<ニーノはピアソラの父の愛称>)」がもの悲しいバンドネオンの演奏で始まり、しばらくして王妃の眼から涙が落ち始めました。タンゴ曲への熱き思いもあるでしょうが、その涙の背景を知りました。王妃の父は、アルゼンチンの弾圧、抑圧をおこなったビデラ将軍政権下の政府高官でした。ただ将軍の弾圧などに荷担はしていなかったようですが、弾圧からオランダに亡命したアルゼンチンの人々の感情はちがいました。そうした理由もあってオランダ国内では、結婚は難航します。が、父との離別などを条件に結婚しました。他にもいろいろあったでしょうが。結婚式には父は参列できませんでした。王妃の涙の背景です。なお私が調べた範囲です。
 一方、ピアソラはタンゴダンスショーの楽団でバンドネオンの伴奏をしていました。父の死が知らされたとき巡業地のプエルトリコからアルゼンチンの故郷へ旅費もなく帰ることができませんでした。そこで、父との別れの失意の中、「アディオス・ニーノ」を作曲します。
 この曲は、動画(TV画面にでてきた結婚式での演奏)で時々聴いています。ピアソラの「リベルタンゴ」と並んで。

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