« 抽象でなく具体から考える | トップページ | 七夕 »

2017年7月 6日 (木曜日)

実存の先にあるもの

P7060297 昨日載せた写真の花、<アルストロメリア>を、今日は一眼レフのカメラで撮り直しました。
 夕方から風がでてきてしのぎやすくなりました。じきに月がでてきてまるで初秋のような感じをしました。どうもこの頃の天候が分かりません。一方、九州の方は大雨の被害、明日にかけてまた雨が予報されています。不安な夜を迎えている人たちのことを思います。

 昨日、実存主義・実存哲学について書きました。その哲学思想上の意義は、世界大戦を背景に人間存在を現実、当時の限界状況から説明した点にあると考えます。それ以前は、一つにはカントの理性的存在が人間の定義でした。理性と実存、どちらも人間存在を説明するときに欠けてはならないと思います。実存主義・実存哲学者の一部、たとえばサルトルが実存を言うとき、その先にあるものが見えてきません。これが実存だ、というだけです。だからどうしたの?ということでしょうか。私見ですが。彼にとっては、実存にとって生きるためのモラルなどは問題外だったのでしょう。
 かつて学生時代に中世哲学、宗教哲学の名物教師の話を先輩たちから聞いたことがありました。彼は授業の時に上着のポケットからウイスキー小瓶を取りだし飲みました。「これが実存だ」といったとか。面白いです。が、だから。先に書いたように、実存の先についてが問題でしょうか。さて本当に授業中にあったことなのか、また言った時の文脈が分からないと何とも言えなくもありませんが。今の大学で、教師が授業中にウイスキー小瓶を取り出し……、どうなるでしょうね、怒られるだけで済みそうもありませんo(*^▽^*)o
 午後、実存哲学の翻訳書のページをめくりながら、もっとわかりやすい訳文にできないものか、と改めて思わされました。翻訳者のご苦労には感謝しますが。

|

« 抽象でなく具体から考える | トップページ | 七夕 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/84791/65502084

この記事へのトラックバック一覧です: 実存の先にあるもの:

« 抽象でなく具体から考える | トップページ | 七夕 »