カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

2018年6月21日 (木曜日)

憂愁をおびた老人

P1020173 公園に咲いている紫陽花、まだまだ咲き続けています。様々な種類の紫陽花の色、形があることを今になって知りました。
 今日は予報最高気温は二十四度となっていますが、曇り空のもと気温が低く感じます。10日ほど前から洗濯の仕事が入り、天気が気になります。雨の時はお風呂場にある乾燥機で乾かすことになります。ガス代がかかりますので晴れは助かります。洗濯と言っても洗濯機が自動でやってくれるだけです。ただ干すのは人間です。洗濯機の乾燥の機能は使いません。
 家人が転倒して大ケガをし入院してしまいました。今、私が主夫です。(。>0<。) 老人に転倒はいけません。若い人と違い大怪我になってしまいます。全国の老人のみなさん、転ばないように!あとは万病のもと、風邪をひかないように!
 そんな状況におかれて、イ・イリイチの「シャドウ・ワーク」(専業主婦の家事労働に関する用語)について考えさせられます。バラ色の隠居生活は一転していますか。さすがに能天気の私も憂愁をおびた老人の様相をみせています、といったら笑われますね。ついでに若い頃、「憂愁の哲学者」と呼ばれたキルケゴールに憧れたものです。
 おかげさまでウエストが細ってきたような、そしてそのうち精悍な顔になりそうです。くだらぬブログで悪しからず!!

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2018年6月20日 (水曜日)

時は流れて止まることなく

 W杯サッカー、日本対コロンビアの試合を見終えてブログを書こうとパソコンに向かったら、もう日付が変わる時間でした。身体は疲れていますが、この静かな深夜の時間は得がたいです。世の中の流れを静かに考えるための貴重な時です。
 先日、昼食にカツサンドをと思いパン売り場にいました。隣に私のような老人の女性がいました。私がカツサンドを見ていた、品定めをしていました。そうしましたら、その女性が良いカツサンドについて教えてくれました。お礼をのべて、早々にカツサンドを買い求めて売り場を離れました。
 朝もパンを食べているのに、昼もカツサンドでもかまいません。前に検診で朝食は和食が良いですよと言われました。でも和食は面倒です。ただし夕食はほとんど魚中心の和食です。時に肉も食べますが。隠居生活には二食でいいのではないかと思いつつ昼食を食べてしまいます。食欲は旺盛です。食べ物だけは断捨離(?)といきませんか。
 明日、いやもう今日ですか、気温低めの雨模様になりそうです。子供の頃、梅雨時は毎日しとしと雨が降り続いていました。気温も低めでした。小学校から帰ると友達の家の縁側で何かと遊びをしていました。あの頃は、雨の日は縁側が遊び場になっていました。田舎での子供時代の光景が思い出されます。もう戻ることはできません。

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2018年6月16日 (土曜日)

梅雨空の一日

 気温は四月の天気に戻ったような梅雨空の一日でした。ここのところ心身ともに疲れ気味で、能天気な私でないですo(*^▽^*)o。努めて平静をよそおっています。フランクルの言葉でいえば「精神の反抗力」を実行しているでしょうか。疲れには十分な睡眠、食事が必要です。その上で今おかれている心身に抵抗します。それには何のために生きているかという自覚が求められてきます。頑張るというだけの精神論ではなく具体的な行動が大事ですか。
 老いて人生下り坂といいますが、転げ落ちることなく足下をしっかり見て下りていきたいものです。
週間天気予報を見ていたら、これからは典型的な雨模様の日が続きそうです。時にはショパンの「雨だれ」を聴きながら過ごしていきましょう。

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2018年6月14日 (木曜日)

「明日のない……」

P1020159 スーパーでの買い物帰り、ふと「明日のない……」という言葉を想い出しました。前にTVで院内学級のドキュメンタリーを見ました。病で命幾ばくもない我が子に教育を受ける機会、学びの場所を作ってほしいと願っていた母親が、医師から「明日のない子供に教育は必要ない」言われます。母親は旧文部省へ出かけ学習ができる場を作ってほしいと訴えました。後に病院内に学級が作られることになります。
 その時にでた「明日のない」という言葉です。考えてみたら、誰もが明日のない身かもしれません。が、極論すれば1秒でもあれば、明日につながります。明日のない、それにもかかわらず明日はある、パラドックスです。買い物袋をさげながら私は考え歩いていました。
<続き>
 我々は息を引き取る瞬間まで、明日があると思い生きているのではないでしょうか。しかし、明日はないと思い、自死する人もいるでしょう。人それぞれの生き方の問題です。個人的には、明日のない今日はないと思って生きていきたいと考えています。
 さきほど病院から帰ってきたところです。訪れた病室での会話。
「自分も痛い思いをしないと分からないでしょうね」
「そうかもしれません。でも痛い思いをする経験がないほうが良いですよ」と、言われました。
 いずれにしても老人にはいつか病に襲われるときがくるでしょう。仕事をやめて自由時間が増え喜んでばかりいられないのが、今の私の人生ですか。

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2018年6月13日 (水曜日)

老残さらして

P1020160 7日以降、ブログを休みました。平凡な日々にも様々な出来事が起こり、書く時間、気力?もありませんでした。一週間ほどブログを書かなくても生きています。でも今日は生存証明(大笑い)をかねて書きます。が、明晰な頭脳(?)がやや不調気味で書くこともありません。とりあえずこれぐらいつぶやいてお終い。次は頑張ります(o^-^o)。

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2018年6月 6日 (水曜日)

東京も梅雨入り

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 昼前、雨模様の中、散歩道である公園に咲く紫陽花の写真を撮りに。いよいよ紫陽花本番という様子です。ただこれから咲き満開にむかう紫陽花もありました。紫陽花は雨の日が似合いますか?
 気象庁によると東京も梅雨入りのようです。昨年より1日早いです。
 昨年の今週末、卒業生がいる岐阜へ行っていました。鮎の塩焼きを求めて?関東あたりは鮎釣り解禁で鮎料理が食べられそうです。ネットのあるニュース記事によれば、相模川で鮎が大量発生しているそうです。何かの予兆なのでしょうか。鮎好きの私には食べることだけしか頭になく。

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 昨日載せた花の名前を確認しました。「スカシユリ」でした。花言葉は「偽り」だそうです。花には花言葉があります。花は黙して語らずですが、迷惑に思う?花もいるのではと想像します。
 20分ほどで公園から離れました。散歩と言うより写真撮影が目的でしたから。少しばかりの歩きですが、蒸し暑さが身体に感じられました。いよいよ梅雨本番を思わさせられました。この季節、梅雨のない北海道の地に逃げましょうかo(*^▽^*)o。


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2018年6月 5日 (火曜日)

体調戻って

P1020162  日曜の夜から、体調不良になりました。原因はいろいろあるでしょうが、恥ずかしいのですが主たる原因は恐らく暴食であると思っています。この歳にして食欲旺盛なのは良いですが、程度問題です。老いとともに身体、消化機能が弱くなってきているのに自己管理の欠如です。暴食と言いいましたが、食べた量もさることながら買ってきた天ぷらが引き金になり消化不良を起こしたようです。そもそも油っぽい料理は昔から身体に合わないところがあるようです。特に古い油を使われた料理は。その場合は私だけではないでしょうが。嘔吐と軽い下痢がありました。翌日、おとなしくというより身体が思うようにならず日がな横臥していました。
 今日はどうやら体調が戻りました。昼に公園を散歩。できるだけ木陰を選びながら歩きました。途中、いつもの花壇を見ました。花々が慰めてくれます。人の優しい言葉と同様にそうした花はこころ安らかにしてくれます。花は黙して語らず、それが良いです。写真の花壇の花、名前が書かれていましたが帰宅したときには忘れていました。憶えようとしませんでした。名前を知らなくても、その花に出会ったというだけで良いのではないかと思います。ところで人のことで言えば、例えば街中で名も知らぬ人ですが、出会ったことがとても嬉しかったという経験があります。もちろん、その逆もあります。時によってそんな日は何かこころが暗くなりますか。

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2018年6月 2日 (土曜日)

自信喪失と過信の間で揺れ動く老人

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 いつもの散歩道である公園の花壇の手前に咲いていた青い花は「ベロニカ」です。花の横に名前が書かれたものが立っていました。名前からキリスト教の関わりを想像しました。帰宅後、調べたらその通りです。イエス・キリストが十字架を背負って刑場に向かう途上、顔をぬぐう布を献げた女性の名前が(聖女)ベロニカでした。

 先日、観ていたTV番組でおじさんやおばさんたちがスキップする場面がありました。散歩中にそれを想い出して、私も試みようとしましたが、すぐ止めました。無理ですか。夕暮れにスキップしそこなって足をくじいた老人の姿は……ですo(*^▽^*)o。様々な能力の低下を知らされていますが、まだまだ出来ると過信している自分があることを思い知らされます。自信喪失と過信の間で揺れ動くのが老人の現実ですか。

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2018年6月 1日 (金曜日)

梅雨まえの<五月晴れ>

P1020151 午前中、不調のパソコンにかかわっていました。そのような時間を今までどれだけ費やしてきたでしょうか。だからといってパソコンを捨てることもできません。今の生活にパソコンなしは考えられません。パソコンから離れたときが、私の人生の終わり近くでしょうか?昔ならノートに書いていたことをパソコンを使ってファイルにおさめているということでしょう。アナログからデジタルへですか。その功罪は?
 昼過ぎに散歩へ。六月の初日、<五月晴れ>が広がっていました。ただ風が吹き、帽子が飛ばされそうになりました。でも心地よい散歩でした。午後遅くには雲がでてきて天気の移り変わりを感じさせられました。 
 夕方、酒を飲みに外出。この頃は家飲みが多くなってきていますが、やはり外で飲むことも必要ですか。いずれできなくなるでしょう。飲むに時があり、飲めなくなるに時があります。諸行無常です、というと言い過ぎですか?
 今日、ふと「老残」ということを思い浮かべました。プラス思考で老残を生きていきたいと思います。

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2018年5月30日 (水曜日)

紫陽花が咲いて

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 4時過ぎ雨を気にしながら散歩へ。途中で雨がやや強くなるような気配に帰宅を決めました。散歩道の公園の一画にそれほど多くはないですが、紫陽花が咲いていました。昨年より早く咲いているように思います。梅雨時、紫陽花はこころを慰めてくれます。

 ところでよく書いていますが、老いてくるといろいろと制約がでてきます、断念しなければならない事が出てきます。断念といって一言で片づけられないものもあります。どうしても執着せざるえない事があります。が、どこかでその執着を断ち切らなければなりません。断ち切ることによって、新しい世界が現れるかもしれません。
 たとえば、自動車運転、高齢になって免許を返すことを考えるようになります。しかし、老いてくればこそ自動車運転に執着します。オートマ車であればアクセル、ブレーキとハンドルの操作で自分の行きたい場所へ運んでくれます。電車などを利用したら半日がかりの場所も自動車であれば半分位の時間で済む場合もあるのではないでしょうか。私はドライブが好きです。でも最近の運転を思うと老いからくる判断力の低下など感じさせられています。免許更新時にはどうしようかと考えているところです。老いとか高齢といっても運転技術の個人差や自動車の必要性がありますので、自動車運転をいつ止めるかはひとそれぞれの考えです。
 
 夕方、だいぶ雨足が強くなってきていますか。仕事帰りの雨は嫌なものです。ぬれた傘をもって電車に乗ることは楽しくないです。私もかつては決して短くない通勤時間を、これからの季節、傘をもって電車の中にいました。梅雨はいかんともしがたいとあれば、楽しみを見つけて夏の到来を待つのみでしょうね。

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